銀河鉄道の夜 宮沢賢治



一、午後の授業 3:30



★配役(右の数字はセリフの数)

1先生=5

2ナレーションA=4

3ナレーションB & ジョバンニ=3

4ナレーションC=3



1先生「では皆さんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものが本当は何かご承知ですか?」

2A「先生は、大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、皆に問いかけました」

3B「カンパネルラが手をあげました。それから四、五人が手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました」

4C「確かにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろジョバンニは本を読む時間も読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした」

1先生「ジョバンニさん、あなたはわかっているのでしょう?」

2A「ジョバンニはいきおいよく立ちあがりましたが、はっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席から振り返って、ジョバンニを見てクスっと笑いました」

1先生「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると、銀河は大体何でしょう?」

3B「黙っているジョバンニを見て、先生は困った様子でしたが、カンパネルラを見て、『ではカンパネルラさん』と指しました。するとあんなに元気に手をあげたカンパネルラが答えませんでした」

4C「先生は意外なようにしばらくじっとカンパネルラを見ていましたが、『では。よし』と言いながら、自分で星図を指しました」

1先生「このぼんやりと白い銀河を大きな良い望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう?」

2A「ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。そして目の中に涙がいっぱいになりました」

3ジョバンニ「そうだ、僕は知っていたんだ。もちろんカンパネルラも知っている。それはいつか、カンパネルラと一緒に読んだ雑誌の中に書いてあったんだ。それをカンパネルラが忘れるはずがない。すぐに返事をしなかったのはきっと、このごろ僕が仕事がつらく、学校に来ても皆と元気よく遊ばず、カンパネルラともあまり話をしなくなったので、カンパネルラがそれを気の毒がってわざと返事をしなかったからに違いない・・・」

4C「ジョバンニはそう考えるとたまらなく、自分もカンパネルラもあわれなような気がするのでした。先生はまた言いました」

1先生「もしもこの銀河帯が本当に川だと考えるなら、その中にある一つ一つの小さな星は、その川の砂や砂利の粒にあたるわけです。つまり私どもは天の川(あまのがわ)の中に住んでいるわけです。では今日はここまで。今夜は銀河のお祭ですから、皆さんは外へ出てよく空をご覧なさい」

2A「そしてはしばらく机のフタを開けたり閉めたり、本を重ねたりする音がいっぱいでしたが、まもなく皆はきちんと立って礼をすると教室を出ました」





二、活版所 2:00(3:30)



★配役

1ナレーションD=2

2ナレーションC=3

3ナレーションB=1

4ナレーションA=2



2C「ジョバンニが学校の門を出るとき、クラスメイトの何人かがカンパネルラのところに集まっていました。それは今夜の星祭りで川へ流す「カラスウリ」を取りに行く相談らしかったのです」

1D「けれどもジョバンニは手を大きく振って、どしどし学校の門を出て行きました。町の家々では今夜のお祭りに向けていろいろな準備をしていました。ジョバンニは家へは帰らず、町を三つまがって、大きな活版所(かっぱんじょ)に入って行きました」

2C「中はまだ昼なのに電灯がついて、たくさんの輪転器(りんてんき)が回り、タオルを頭に巻いたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いていました」

4A「ジョバンニは高いテーブルに座った人の所へ行っておじぎをしました。その人は「これだけ拾って行けるかね?と言って、一枚の紙切れをジョバンニに渡しました」

3B「ジョバンニはその人のテーブルの足もとから、一つの小さな箱を取り出しました。そして小さなピンセットで粟粒ぐらいの活字を拾い始めました」

2C「青い胸あてをした人がジョバンニの後ろを通りながら、『よう、虫めがね君、おはよう』と言うと、近くの人たちが声もたてず、こっちも向かずに冷たく笑いました」

1D「ジョバンニは何回も眼をぬぐいながら活字を拾いました。やがてジョバンニは拾った活字をいっぱい入れた箱を、手に持った紙きれと引き合せてから、さっきのテーブルの人へ渡しました。その人は黙ってそれを受け取って、かすかにうなずきました。そして、小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました」

4A「ジョバンニはにわかに顔色が良くなり、勢いよくおじぎをすると、カバンを持って外へ飛び出しました。それから元気よく口笛を吹きながら、パン屋へ寄ってパンのかたまりを一つと、角砂糖を一袋買って、一目散に走りだしました」





三、家 3:00(5:30)



★配役

1ナレーションA=2

2ジョバンニ=13

3母=11

4ナレーションB=1



1A「ジョバンニが勢いよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした」

2ジョバンニ「お母さん。いま帰ったよ。具合はどう?」

3母「ああ、ジョバンニ、今日は涼しくてね。私はずうっと具合がいいよ」

2ジョバンニ「今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。姉さんはいつ帰ったの?」

3母「ああ3時ころ帰ったよ。皆そこらをしてくれてね」

2ジョバンニ「お母さんの牛乳は来てないのかな?」

3母「来なかったろうかねえ?」

2ジョバンニ「僕、行ってとって来るよ」

3母「ああ、あたしはゆっくりでいいんだから、お前さきにおあがり。姉さんがね、トマトで何かこしらえて、そこへ置いて行ったよ」

2ジョバンニ「うん。じゃあ僕、食べるね」

4B「ジョバンニはトマトをとって、パンと一緒にムシャムシャ食べました」

2ジョバンニ「ねえお母さん、お父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。今朝の新聞に、今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ」

3母「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない」

2ジョバンニ「きっと出ているよ。お父さんが監獄へ入るような、そんな悪いことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した、大きなカニの甲羅だのトナカイの角だの、今だって全部標本室にあるんだ」

3母「お父さんはこの次は、おまえにラッコの上着をもってくると言ったねえ」

2ジョバンニ「・・・皆が僕にそれを言うよ。ひやかすように言うんだ」

3母「おまえに悪口を言うの?」

2ジョバンニ「うん、けれどもカンパネルラなんか決して言わない。カンパネルラは皆がそんなことを言うときは、気の毒そうにしているよ」

3母「あの人のお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ」

2ジョバンニ「ああ。だからお父さんは僕をカンパネルラの家につれて行ってくれたよ。あのころは良かったなあ。僕は学校から帰る途中に、よくカンパネルラの家に寄ったんだ」

3母「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ」

2ジョバンニ「うん。僕、牛乳をとりながら見てくるよ」

3母「ああ行っておいで。川へは入らないでね」

2ジョバンニ「ああ僕、岸から見るだけなんだ。1時間で行ってくるよ」

3母「もっと遊んでおいで。カンパネルラさんと一緒なら心配はないから」

2ジョバンニ「・・・うん!きっと一緒だよ!」

1A「ジョバンニは立って窓を閉め、お皿やパンの袋を片付けると勢いよく靴をはいて『じゃあ1時間半で帰ってくるよ』と言いながら、暗い戸口を出ました」





四、ケンタウル祭の夜 5:00(8:30)




★配役

1ナレーションA=6

2老婆=2

3ナレーションB=3

4ジョバンニ & ナレーションC=10




1A「ジョバンニは、口笛を吹いているような寂しい口付きで、町の坂を下りました。電灯の方へおりて行くと、怪物のように、長くぼんやり後ろへ引いていたジョバンニの影は、だんだん濃く黒くハッキリしてきました」

4ジョバンニ「(僕は立派な汽車だ。ここは勾配(こうばい)だから速いぞ。僕は今その電灯を通り越す。そうら、今度は僕の影法師はコンパスだ。あんなにくるっとまわって、前の方へ来た)」

3B「ジョバンニが大股にその街燈(がいとう)の下を通り過ぎたとき、いきなりザネリが、電灯の向う側の暗い道から出て来て、ジョバンニとすれ違いました」

4ジョバンニ「ザネリ、カラスウリを流しに行くの?」

1A「ジョバンニがまだそう言ってしまわないうちに、ザネリは『ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ!』と投げつけるように叫んで走っていきました。ジョバンニは、ばっと胸が冷たくなり、そこら中きぃんと鳴るように感じました」

4ジョバンニ「ザネリはどうして僕がなんにもしないのに、あんなことを言うのだろう・・・僕がなんにもしないのに、あんなことを言うのはザネリがバカだからだ」

3B「ジョバンニは、いろんなことを考えながら、さまざまな木の枝で、すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。時計屋の店には、丸くて黒い星座早見表(せいざはやみひょう)が青いアスパラガスの葉で飾ってありました」

1A「ジョバンニは我を忘れて、その星座の図に見入りました。それは学校で見た図よりはずっと小さかったのですが、一番うしろの壁には、空じゅうの星座を不思議な獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかっていました」

4ジョバンニ「本当にこんなサソリや勇者が空にぎっしりといるんだろうか?ああ、僕はその中をどこまでも歩いてみたいなぁ」」

1A「ジョバンニはしばらくぼんやり立っていました。それからお母さんの牛乳のことを思いだし、その店を離れました。そしてきゅうくつな上着の肩を気にしながら、それでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました」

3B「空気は澄み切って、本当にそこらは人魚の都のように見えました。子どもらは、『ケンタウルス、露(つゆ)をふらせ!』と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃やしたりして、楽しそうに遊んでいるのでした」

4C「けれどもジョバンニはうつむいて、そんなにぎやかさとはまるで違ったことを考えながら、牛乳屋へ急ぎました。黒い門を入り、帽子をぬいで『こんばんは』と言いましたが、家の中は誰もいないようでした」

1A「ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。するとしばらくたってから、老婆が、どこか具合が悪いようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で言いました」

4ジョバンニ「あの、今日、牛乳が僕のところへ来なかったので、もらいにあがったんです」

2老婆「いま誰もいないのでわかりません。明日にして下さい」

4ジョバンニ「お母さんが病気なんですから今晩でないと困るんです」

2老婆「ではもう少したってから来てください」

4ジョバンニ「そうですか。ありがとうございます」

3B「ジョバンニは、お辞儀をして牛乳屋から出ました。十字になった町の、角をまがろうとしましたら、向うの雑貨店の前で、口笛を吹いたり笑ったりして、それぞれカラスウリを持って歩いて来るクラスメイトたちが見えました」

4C「ジョバンニは思わずドキっとして戻ろうとしましたが、思い直してそちらへ歩いて行きました。『川へ行くの?』とジョバンニが言おうとしたとき、『ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ』とザネリがまた叫びました。『ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ』すぐ皆が、続いて叫びました」

1A「ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているのかもわからず、急いで立ち去ろうとしましたら、カンパネルラを見つけました。カンパネルラは気の毒そうに、黙って少し笑ってジョバンニの方を見ていました」

4C「ジョバンニは、逃げるようにその眼を避けて歩き出しました。ふと振り返ると、ザネリがまだジョバンニを見ていました。ジョバンニは、なんともいえず寂しくなって、いきなり走り出しました。そしていつのまにか黒い丘の方に来てしまいました」





五、天気輪(てんきりん)の柱 1:30(13:30)



★配役

1ナレーションA=2

2ナレーションB=2

3ナレーションC=1

4ナレーションD=1



1A「ジョバンニは小さな林の小道を、どんどん登って行きました。そのまっ黒な林をこえると、にわかにがらんと空が開けて、天の川がしらしらと南から北へ流れているのが見え、また頂上に天気輪の柱も見わけられたのでした」

2B「ジョバンニは、黒い丘の頂上にある天気輪の柱の下に来て、冷たい草の上に寝転がりました。町からは子供らの歌う声や口笛がかすかに聞こえて来るのでした」

3C「風が遠くで鳴り、丘の草も静かにそよぎ、ジョバンニの汗で濡れたシャツもつめたく冷(ひや)されました」

4D「ふと、どこからか汽車の音が聞こえてきました。その小さな列車の窓は小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、リンゴの皮をむいたり、笑ったりして、楽しそうにしているのを考えると、ジョバンニはもう何ともいえず悲しくなって、また空の天の川を見上げました」

2B「『ああ、あの白い空の帯がみんな星だというぞ』ジョバンニがそう思った瞬間、突然青い琴の星が三つにも四つにもなって、ちらちらまたたきました」

1A「また下の街までが、やっぱりぼんやりしたたくさんの星の集りか、一つの大きな煙かのように見えると思いました」





六、銀河ステーション 4:00(15)



★配役

1ジョバンニ=6

2カンパネルラ=7

3ナレーションA=5

4ナレーションB=7



3A「そしてジョバンニはすぐ後ろの天気輪(てんきりん)の柱が、ぼんやりしてホタルのようにピカピカ消えたり光ったりしているのを見ました」

4B「それはだんだんはっきりして、とうとう動かなくなり、空の野原にまっすぐにすきっと立ったのです」

3A「するとどこかで、不思議な声が、『銀河ステーション、銀河ステーション』と言ったかたと思うと、いきなり眼の前がぱっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼をこすってしまいました」

4B「気がついてみると、ジョバンニの耳にゴトゴトゴトゴトという汽車の走る音が聞こえてきました。ジョバンニは、小さな黄色の電灯の並んだ汽車に、窓から外を見ながら座っていたのです」

3A「汽車の中はガラ空きでした。やがてジョバンニはすぐ前の席に、濡れたようにまっ黒な上着を着た背の高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました」

4B「そしてその子供の肩のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だか知りたくて、たまらなくなりました」

3A「いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、にわかにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。それはカンパネルラだったのです。ジョバンニが、『カンパネルラ、きみは前からここにいたの?』と言おうと思ったとき、カンパネルラが」

2カンパネルラ「皆はね、ずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった」

1ジョバンニ「どこかで待っていようか?」

2カンパネルラ「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎えに来たんだ」

4B「カンパネルラは、少し顔色が青ざめてどこか苦しそうでした。ところがカンパネルラは突然、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気になって、勢いよく言いました」

2カンパネルラ「ああしまった。僕、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。僕、白鳥を見るのが本当に好きだ。川の遠くを飛んでいたって、僕にはきっと見える」

4B「そして、カンパネルラは、円い板のようになった地図を見ていました。その地図には、まっ黒な盤(ばん)の上に、様々な停車場や泉や森が、青や緑や美しい光でちりばめられていました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たように思いました」

1ジョバンニ「この地図はどこで買ったの?黒曜石(こくようせき)でできてるね」

2カンパネルラ「銀河ステーションでもらったんだ。君、もらわなかったの?」

1ジョバンニ「ああ、僕、銀河ステーションを通ったろうか?いま僕たちのいるとこ、ここだろう?」

2カンパネルラ「そうだ。おや、あの河原は月夜だろうか?」

4B「そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀色のススキがいちめん、風にさらさらさらと、揺られ動いて波を立てていました」

1ジョバンニ「月夜じゃないよ。銀河だから光るんだよ」

3A「ジョバンニはそう言いながら、まるで飛び跳ねたいくらい嬉しくなって、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命、その天の川の水を、見きわめようとしました」

1ジョバンニ「僕らはもう、すっかり天の野原に来たね」

2カンパネルラ「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ」

1ジョバンニ「僕、飛び下りてりんどうの花をとって、また飛び乗ってみせようか」

2カンパネルラ「もうだめだ。あんなに後ろへ行ってしまったから」

4B「カンパネルラが、そう言ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました」





七、北十字とプリオシン海岸 5:30(19)



★配役

1ナレーションA & 学者=6

2ナレーションB=8

3ジョバンニ=6

4カンパネルラ=8



4カンパネルラ「お母さんは、僕を許して下さるだろうか?」

3ジョバンニ「(ああ、そうだ、僕のお母さんは遠いところにいて、僕のことを考えているんだった)」

4カンパネルラ「僕はお母さんが本当に幸(さいわ)いになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、お母さんの一番の幸(さいわ)いなんだろう?」

3ジョバンニ「君のお母さんは、なんにもひどいことないじゃないの?」

4カンパネルラ「僕にはわからない。けれども、誰だって、本当にいいことをしたら一番幸(さいわ)いなんだね。だからお母さんは僕を許して下さると思う」

2B「カンパネルラは、なにか本当に決心しているように見えました。突然、車内がぱっと白く明るくなりました。見ると、窓の外のきらびやかな銀河の上に、青白く輝いた島が見えるのでした」

1A「その島の平らないただきに、眼もさめるような立派な白い十字架が、すきっとした金色の光を発して、静かに、そして永久に立っているのでした。『ハルレヤ、ハルレヤ』前からも後ろからも声が起りました。振り返って見ると、旅人たちはみな、聖書を胸にあてたり、水晶の数珠(じゅず)をかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて祈っているのでした」

2B「ジョバンニとカンパネルラも思わずまっすぐに立ちあがりました。カンパネルラは、まるで熟したリンゴのように美しく輝いて見えました。そして島と十字架とは、だんだんと後ろの方へ過ぎていきました。旅人たちは静かに席に戻りました。ジョバンニとカンパネルラは、胸いっぱいの悲しみに似た新しい気持ちを、そっと感じました」

 

  ☓ ☓ ☓

 

3ジョバンニ「もうじき白鳥の停車場だね」

4カンパネルラ「ああ、11時かっきりには着くんだよ」

2B「汽車はだんだんゆるやかになって、ちょうど白鳥の停車場の、大きな時計の前に来て止まりました。さわやかな秋の時計のダイヤルは、くっきり11時を指しました。乗客はみな降りて、汽車の中はガランとなってしまいました」

3ジョバンニ「僕たちも降りてみようか?」

4カンパネルラ「うん、降りよう」

2B「二人はドアを飛び出して改札口へ駆けて行きました。ところが改札口には、電灯が一つついているばかりで、誰もいませんでした。そこら中を見ても、駅長や車掌の影もなかったのです」

1A「二人は、停車場の前の小さな広場に出ました。先に降りた人たちは、もうどこへ行ったのか一人も見えませんでした。二人が肩を並べて歩いて行くと、きれいな河原に来ました。カンパネルラは、河原のきれいな砂を一つつまんで夢のように見ました」

2B「川上の方を見ると、小さな人の影が、何か掘り出すか埋めるかしているらしく、立ったりかがんだり、時々なにかの道具がピカッと光ったりしました」

1A「『行ってみよう』二人は同時に言って、そっちの方へ走りました。その白い岩になった所の入口に、【プリオシン海岸】という標札が立っていました。カンパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から先のとがったクルミの実のようなものを拾いました」

4カンパネルラ「クルミの実だよ。たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ」

3ジョバンニ「大きいね、このクルミ、倍あるね。こいつは少しもいたんでいない」

4カンパネルラ「早くあそこへ行ってみよう。きっと何か掘ってるから」

2B「二人は、ギザギザの黒いクルミの実を持ちながら、川上にだんだん近付いてみると、一人の背の高い、ひどい近眼鏡(ちかめがね)をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、三人の助手らしい人たちに夢中でいろいろ指示をしていました」

1学者「そこのそれを壊さないように。スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、もう少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ!?」

2B「見ると、その白いやわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣の骨が、横に倒れてつぶされたというように、半分以上掘り出されていました。学者らしい人は、ジョバンニたちに気がついて話しかけてきました」

1学者「君たちは参観かね?クルミがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと120万年ぐらい前のクルミだよ。ごく新らしい方さ。ここは120万年前のころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。この獣はボスといってね、牛の先祖で昔はたくさんいたものさ、わかったかい?」

4カンパネルラ「もう時間だよ。行こう」

3ジョバンニ「では僕たちは失礼します」

1学者「そうですか。それでは、さようなら」

2B「学者は、また忙しそうに、あちこち歩きまわって監督をはじめました。二人は汽車に遅れないように一生けん命走りました。そして本当に、風のように走れたのです。こんなに走れるなら、もう世界中だってかけまわれると、ジョバンニは思いました。そして二人はもとの席に座って、いま行って来た方を、窓から見ていました」





八、鳥を捕(と)る人 4:30(24:30)



★配役

1ナレーションA & 燈台看守=7

2ジョバンニ=6

3ナレーションB & カンパネルラ=6

4鳥捕り=9



4鳥捕り「ここへ座ってもようございますか?

1A「がさがさした、けれども親切そうな大人の声が、二人の後ろで聞こえました。それは、赤ひげの背中のかがんだ人でした」

2ジョバンニ「ええ、いいんです」

3B「ジョバンニは、少し肩をすぼめてあいさつしました。その人は、ひげの中でかすかに笑いながら荷物をゆっくり網棚にのせました。ジョバンニが黙って正面の時計を見ていましたら、笛のようなものが鳴りました。汽車はもう静かに動いていたのです」

4鳥捕り「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか?」

2ジョバンニ「どこまでも行くんです」

4鳥捕り「それはいいですね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ」

3カンパネルラ「あなたはどこへ行くんです?」

4鳥捕り「わっしはすぐそこで降ります。わっしは、鳥をつかまえる商売でね」

3カンパネルラ「何鳥ですか?」

4鳥捕り「鶴(つる)や雁(がん)です。鷺(さぎ)も白鳥(はくちょう)もです」

2ジョバンニ「鷺(さぎ)はおいしいんですか?」

4鳥捕り「ええ、毎日注文があります。どうです、少し食べてごらんなさい」

1A「鳥捕りは、ジョバンニとカンパネルラに鳥を渡しました。ジョバンニは、ちょっと食べてみました」

2ジョバンニ「(なんだ、こいつはお菓子だ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな鳥が飛んでいるもんか。この人はそこらの野原の菓子屋だ。けれども僕は、この人をバカにしながら、この人のお菓子を食べているのは、大へん気の毒だ)」

3B「鳥捕りは、今度は向うの席の、鍵を持った燈台看守(とうだいかんしゅ)に鳥を渡しました」

1燈台看守「いや、商売ものをもらっちゃすみませんな」

4鳥捕り「いえいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡り鳥の景気は?

1燈台看守「いや、すてきなもんですよ。おとといなんか『なぜ燈台の灯(ひ)を、規則以外に点灯させるのか』って、あっちからもこっちからも、電話で文句が来ましたが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもがまっ黒にかたまって、ライトの前を通るのですから仕方ありませんや。私ぁ、『べらぼうめ、そんな苦情は、俺のとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て、脚と口との途方もなく細い大将へ言ってやれって』こう言ってやりましたがね、はっはっは」

3カンパネルラ「これは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう?」

1A「やっぱり同じことを考えていたとみえて、カンパネルラが尋ねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、立って荷物をとったと思うと、もう見えなくなっていました」

2ジョバンニ「どこへ行ったんだろう?」

3B「二人が顔を見合せましたら、燈台看守はニヤニヤ笑って、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、鳥捕りが、まじめな顔をして両手をひろげて、じっと空を見ていたのです。次の瞬間、さっき見たような鳥が、まるで雪が降るようにギャアギャア叫びながら、いっぱいに舞い降りて来ました。するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにホクホクして、鳥の黒い脚を両手でかたっぱしから捕まえて、袋の中に入れるのでした。すると鳥はホタルのように、袋の中でしばらく青くピカピカ光ったり消えたりしていましたが、とうとうぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした」

1A「鳥捕りは20匹ばかり袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲玉にあたって死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はありませんでした」

4鳥捕り「ああ、せいせいした。どうも身体にちょうど合うほど稼ぐくらい、いいことはありませんな」

3B「聞き覚えのある声が、ジョバンニの隣りでしました。見ると鳥捕りは、もうそこで獲って来た鳥をきちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした」

2ジョバンニ「どうしてあそこから、いっぺんにここへ来たんですか?」

4鳥捕り「どうしてって、来ようとしたから来たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか?」

1A「ジョバンニは、すぐに返事をしようと思いましたけれども、いったいどこから来たのか、どうしても考えつきませんでした。カンパネルラも、顔をまっ赤にして何か思い出そうとしているのでした」





九、ジョバンニの切符 その1 3:30(28)
※原作では九章が最終章ですが、長すぎるので6つに分割しています



★配役

1ナレーションA=3

2ナレーションC & 車掌=4

3鳥捕り=2 

4ナレーションB & ジョバンニ=3



3鳥捕り「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です」

1A「窓の外の天の川のまん中に、黒い大きな建物が4つばかり立っていました。アルビレオの観測所と呼ばれたその建物は、眠っているように、静かに横たわっていました

2車掌「切符を拝見いたします」

4B「突然、三人の席の横に、赤い帽子をかぶった背の高い車掌が、いつのまにか立っていました。鳥捕りは、黙って小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方も)というように、手をジョバンニたちの方へ出しました」

2C「ジョバンニが困ってモジモジしていましたら、カンパネルラは、わけもないという風に、小さなねずみ色の切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわてて、もしかしたら上着のポケットにでも入っていたかと思いながら、手を入れてみましたら、何かの紙きれに指があたりました」

1A「こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみると、それは四つに折らたハガキぐらいの大きさの緑色の紙でした。車掌が手を出しているので、何でも構わないと思って渡すと、車掌は丁寧にそれを開きました」

2車掌「これは3次空間の方からお持ちになったのですか?よろしゅうございます。南十字(サウザンクロス)へ着きますのは、次の第3時ごろになります」

4B「車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。カンパネルラは、その紙切れが何だったのかと待ちかねたというように急いでのぞきこみました。それは黒い唐草(からくさ)のような模様の中に、おかしな十(じゅう)ばかりの字を印刷したものでした」

3鳥捕り「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、本当の天上へさえ行ける切符だ。天上どころじゃない、どこでも勝手に行ける通行券です。こいつをお持ちになりやぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第4次の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方は大したもんですねぇ」

2C「ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの鳥捕りが気の毒でたまらなくなりました。鳥を捕まえてせいせいしたと喜んだり、他人の切符をビックリしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人の本当の幸(さいわ)いになるなら、自分があの光る天の川の河原に立って、百年続けて立って鳥を捕ってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました。そして突然『本当にあなたのほしいものは一体何ですか?』と尋ねてみたくてたまらなくなりました。でもそれではあんまり突然だから、どうしようかと考えて振り返ってみましたら、そこにはもうあの鳥捕りはいませんでした」

4ジョバンニ「あの人どこへ行ったろう?一体どこでまた会うのだろう。僕はどうしてもっとあの人と話さなかったんだろう・・・(僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい)・・・」

1A「ジョバンニは、こんな変てこな気持ちは本当に初めてだし、こんなことは今まで考えたこともないと思いました」





九―ニ、ジョバンニの切符 その2 3:00(31:30)



1カンパネルラ & 男の子=3

2女の子 & 燈台看守=2

3ナレーションB=4

4青年=3



1カンパネルラ「何だかリンゴの匂いがする。今リンゴのことを考えたからだろうか?」

3B「ジョバンニがそこらを見ると、その匂いは窓からでも入って来るらしいのでした。そして突然、ツヤツヤした黒い髪の6歳ばかりの男の子が、ひどくビックリしたような顔をして、ガタガタとふるえて裸足(はだし)で立っていました。隣には黒い洋服をきちんと着た背の高い青年が、男の子の手をしっかり引いて立っていました」

2女の子「あら、ここはどこでしょう?まあ、きれいだわ」

3B「青年の後ろに、もうひとり12歳ばかりの、眼が茶色のかわいらしい女の子が、黒いコートを着て青年の腕にすがって、不思議そうに窓の外を見ているのでした」

4青年「僕たちは空へ来たのだ。私たちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上(てんじょう)のしるしです。もうなんにも怖いことはありません。わたくしたちは神様に召(め)されているのです」

3B「黒服の青年は喜びに輝いて、その女の子に言いました。けれどもなぜかまた額に深くシワを刻(きざ)んで、それにとても疲れているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニの隣に座らせ、それから女の子に優しく、カンパネルラの隣の席を指さしました。女の子は素直にそこへ座りました」

1男の子「僕、キクヨお姉さんのとこへ行くんだよう!」

3B「座ったばかりの男の子は、燈台看守の向うの席に座ったばかりの青年に言いました。青年は何ともいえず悲しそうな顔をして、じっとその子の濡れた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあてて泣いてしまいました」

4青年「お父さんやキクヨ姉さんはまだいろいろお仕事があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、お母さんはどんなに永く待っていらっしゃったでしょう。私の大事なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう?雪の降る朝に皆と手をつないで遊んでいるだろうか?と考えたり、本当に待って心配していらっしゃるんですから、早く行ってお母さんにお目にかかりましょうね」

1男の子「うん、だけど僕、船に乗らなけりやぁよかったなあ」

4青年「私たちはもうなんにも悲しいことはないのです。私たちはこんな良いところを旅して、もうじき神様のところへ行きます。そこならもう本当に明るくて匂いがよくて、立派な人たちでいっぱいです。そして私たちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっと皆助けられて、心配して待っているそれぞれのお父さんやお母さんや、自分のお家へ行くのです」

2燈台看守「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか?どうなすったのですか?」

 





九―三、ジョバンニの切符 その3 3:30(34:30)



1青年=3

2青年 & 燈台看守=3

3青年 & ナレーションB=3

4青年 & ジョバンニ=2

 

1青年「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、私たちはこちらのお父さんが急な用で、二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったので、あとから発ったのです。私は大学へ入っていて、家庭教師に雇われていたのです。ところがちょうど12日目、今日か昨日です、船が氷山にぶつかって沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりしていましたが、霧が非常に深かったのです」

2青年「救難ボートは半分はもう駄目になっていて、とても皆は乗れません。だんだんと船は沈みますし、私は必死になって、どうか子供たちを乗せて下さいと叫びました。けれどもボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちがいて、とても押しのける勇気がなかったのです」

3青年「それでも私はどうしてもこの子たちを助けるのが自分の義務だと思いましたから、神に背く罪は私ひとりで背負って、前にいる子供らを押しのけて、なんとしてもボートに乗せてあげようと思いました」

4青年「けれどもどうしてもそれができないのでした。子どもをボートに乗せて、船に残ったお母さんが狂気のようにキスを送り、お父さんが悲しいのをじっとこらえて、まっすぐに立っている姿などは、とてももうはらわたもちぎれるようでした」

1青年「そしてそんなにして助けてあげるよりは、このまま神のお前に皆で行く方が、本当にこの方たちの幸福だとも思うようになりました。そのうち船はもうだんだんと沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの二人を抱いて、浮かべるだけ浮ぼうと船が沈むのを待っていました」

2青年「そのときにわかに大きな音がして、私たちは水に落ちてもう渦に入ったと、ぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年亡くなられました。ボートはきっと助かったにちがいありません」

3B「そこらから小さな祈りの声が聞こえ、ジョバンニもカンパネルラも今まで忘れていた、いろいろのことをぼんやり思い出してが熱くなりました」

4ジョバンニ「(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北の果ての海で、小さな船に乗って風や凍りつく潮水や、激しい寒さと戦って、誰かが一生けんめい働いている。僕はその人に本当に気の毒で、そしてすまないような気がする。僕はその人のさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう・・・)」

2燈台看守「なにが幸せかわからないです。本当にどんなつらいことでも、それが正しい道を進む中での出来事なら、峠ののぼりりもくだりも、みんな本当の幸福に近づく一あしずつですから」

1青年「ああそうです。一番のさいわいに至るために、いろいろの悲しみもみな、おぼしめしです」

3B「青年が祈るようにそう答えました。そして女の子と男の子はもう疲れて、それぞれぐったり席によりかかって眠っていました」





九―四、ジョバンニの切符 その4 4:00(38)



1カンパネルラ & 男の子 & ナレーションC=7

2女の子 & 燈台看守=7

3ジョバンニ & ナレーションB=5

4青年 & ナレーションA=6




2燈台看守「いかがですかリンゴは?こういうリンゴは初めてでしょう?」

3B「向うの席の燈台看守が、黄金(おうごん)と紅(あか)で美しく彩(いろど)られた大きなリンゴを両手の上にかかえていました」

2燈台看守「まあおとり下さい。さあ、そちらの坊っちゃんがたもいかがですか?」

1C「ジョバンニもカンパネルラもリンゴを受け取ってありがとうと言いました。燈台看守は眠っている姉と弟の膝にもそっとリンゴを置きました」

4青年「ありがとうございます。どこでできるのですか?こんな立派なリンゴは?」

2燈台看守「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども、たいていは勝手に良いものができるような約束になっております。自分の望む種さえまけば、ひとりでにどんどんできます。けれどもあなたがたがこれからいらっしゃるところなら農業はもうありません」

3B「男の子がぱっちり眼をあけて言いました」

1男の子「ああ僕、今お母さんの夢をみていたよ。お母さんがね、立派な戸棚や本のあるとこにいてね、僕の方を見てニコニコ笑ったよ。僕が『お母さん。リンゴを拾ってきてあげようか?』と言ったら目がさめちゃった。ああ、ここさっきの汽車の中だねえ」

4青年「そのリンゴがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」

1男の子「ありがとうおじさん。おや、カオル姉さんまだ寝てるねえ、僕おこしてやろう。姉さん。ごらんよ、リンゴをもらったよ。おきてごらん」

4A「姉は笑って目をさまし、まぶしそうに両手を眼にあててそれからリンゴを見ました。男の子はもうそれを食べていました。女の子はリンゴを見つめ、それから窓の外を見ました」

2女の子「まあ、あのカラス」

1カンパネルラ「カラスじゃないよ、かささぎだよ。孔雀がいるよ」

2女の子「ええたくさんいるわ」

1カンパネルラ「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた」

2女の子「ええ、30匹ぐらいは確かにいたわ。ハープのように聞えたのは、みんな孔雀よ」

4A「ジョバンニは楽しそうに話すカンパネルラと女の子を見て、何ともいえず悲しい気がして、目が涙でいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした」

3ジョバンニ「(どうして僕はこんなに悲しいのだろう。僕はもっと心持ちをきれいに大きくもたなければいけない。あそこの岸のずっと向うに、まるで煙のような小さな青い火が見える。あれは本当に静かで冷たい。僕はあれをよく見て心持ちをしずめるんだ。ああ本当にどこまでもどこまでも僕と一緒に行く人はいないだろうか。カンパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに話しているし、僕は本当につらいなあ)」

1カンパネルラ「あれトウモロコシだねえ」

3B「カンパネルラはジョバンニに言いましたけれども、ジョバンニはどうしても気持ちがなおりませんでしたから、ただぶっきら棒に『そうだろう』と答えました」

4A「やがて汽車はだんだん静かになって、小さな停車場に止まりました。そして遠くの遠くの野原の果てから、かすかな旋律が糸のように流れて来るのでした」

2女の子「新世界交響楽だわ」

1C「女の子がひとりごとのようにこっちを見ながらそっと言いました。汽車の中では青年も誰もかもみんな、優しい夢を見ているのでした」

3ジョバンニ「(こんな静かな良いところで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。どうしてこんなにひとりで寂しいのだろう。けれどもカンパネルラなんかあんまりひどい、僕と一緒に汽車に乗っていながら、あんな女の子とばかり話しているんだもの。僕は本当につらい)」

4A「ジョバンニはまた両手で顔を半分かくすようにして、向こうの窓の外を見つめていました。透き通ったガラスのような笛が鳴って、汽車は静かに動き出し、カンパネルラも寂しそうに星めぐりの口笛を吹きました」





九―五、ジョバンニの切符 その5 8:00(42)



1カンパネルラ & 男の子 & ナレーションC=14

2女の子 & ナレーションD=10

3ジョバンニ & ナレーションB=17

4青年 & ナレーションA=9

 



1C「川の向う岸がにわかに赤くなりました。見えない天の川の波も、ときどきチラチラ針のように赤く光りました。向こう岸の野原に大きなまっ赤な火が燃され、ルビーよりも赤く美しくその火は燃えているのでした」

3ジョバンニ「あれは何の火だろう?あんな赤く光る火は、何を燃やせばできるんだろう?」

1カンパネルラ「サソリの火だな」

3ジョバンニ「サソリの火ってなんだい?」

2女の子「サソリがやけて死んだのよ。その火が今でも燃えてるって、あたし何べんもお父さんから聞いたわ」

1男の子「サソリって、虫だろう?」

2女の子「ええ、サソリは虫よ。だけどいい虫だわ」

1男の子「サソリっていい虫じゃないよ。僕、博物館でアルコールにつけてあるのを見た。尾にこんなカギがあって。それで刺されると死ぬって先生が言ったよ」

2女の子「そうよ。だけどいい虫だわ。昔、バルドラの野原に一匹のサソリがいて、小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日イタチに見つかって食べられそうになったんですって。サソリは一生けん命逃げたけど、とうとうイタチに捕まりそうになったの、そしてそのとき井戸に落ちてしまったわ。サソリはどうしてもあがれないで溺れはじめたのよ。そのときサソリはこう言ってお祈りしたというの。

『ああ、私は今までいくつの命をとったかわからない、そしてその私が今度はイタチにとられようとしたときは、あんなに一生けん命に逃げた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああ、なんにもあてにならない。どうして私は私の身体を、黙ってイタチにくれてやらなかったろう。そしたらイタチも一日生きのびたろうに。どうか神様、私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命を捨てず、どうかこの次にはまことの皆の幸(さいわ)いのために私の身体をお使い下さい』

そう言ったというの。そしたらいつかサソリは自分の身体がまっ赤な美しい火になって燃えて、夜の闇を照らしているのを見たって。今でも燃えてるってお父さんが言ったわ。本当にあの火はそれだわ」

4青年「もうじきサウザンクロスです。おりる準備をして下さい」

1男の子「嫌だい!僕も少し汽車へ乗ってるんだい!」

3B「男の子が言いました。カンパネルラの隣の女の子は、そわそわ立って支度を始めましたけれども、やっぱりジョバンニたちと別れたくないような様子でした」

4青年「ここで降りなければいけないのです」

1男の子「嫌だい!僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだい!」

3ジョバンニ「僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符を持ってるんだ」

2女の子「だけどあたしたち、もうここで降りないといけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから」

3ジョバンニ「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。僕たちここで天上よりももっと良いところをこさえなきゃいけないって僕の先生が言ったよ」

2女の子「だっておっ母さんも行ってらっしゃるし、それに神様がおっしゃるんだわ」

3ジョバンニ「そんな神様ウソの神様だい」

2女の子「あなたの神様がウソの神様なのよ」

3ジョバンニ「そうじゃないよ」

4青年「あなたの神様ってどんな神様ですか?

3ジョバンニ「・・・僕、本当はよく知りません、けれども本当のたった一人の神様です」

4青年「本当の神様はもちろんたった一人です」

3ジョバンニ「そんなんでなしに、たったひとりの本当の本当の神様です」

4青年「だからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方が、今にその本当の神様の前で、わたくしたちとお会いになることを祈ります」

1C「青年はつつましく両手を組みました。女の子もちょうどそのようにしました。皆本当に別れがつらそうで、ジョバンニはあぶなく声をあげて泣き出すところでした」

4青年「さあもう支度はいいですか?じきサウザンクロスですから」

3B「そのときでした。見えない天の川のずうっと川下に、青やオレンジなどあらゆる光でちりばめられた十字架が、川の中に立って輝きました」

1C「汽車の中がざわざわしました。皆、あの北の十字のときのように、まっすぐに立ってお祈りを始めました。あっちでもこっちでも喜びの声や何とも言いようのない、深い慎ましいため息の音ばかり聞こえました」

3B「ハルレヤハルレヤ」明るくたのしく皆の声は響き渡り、たくさんのシグナルや電灯の中を汽車はだんだんゆるやかに、十字架のちょうどま向いに行ってすっかり止まりました」

4青年「さあ、下りるんですよ」

1C「青年は男の子の手を引き、向うの出口の方へ歩き出しました」

2女の子「・・・さよなら」

3ジョバンニ「・・・さよなら」

1C「ジョバンニは泣き出したいのをこらえて、怒ったようにぶっきら棒に言いました。女の子はいかにもつらそうにして、もう一度こっちを振り返って、それからあとはもう黙って出て行ってしまいました。汽車の中はもう半分以上も空いて、にわかにがらんとして寂しくなり、風がいっぱいに吹き込みました」

3B「窓の外では、皆は慎ましく列を組んであの十字架の前の天の川の渚にひざまずいていました。そしてその見えない天の川の水を渡って、一人の白い着物を着た人が、手を伸ばしてこっちへ来るのを二人は見ました」

1C「けれどもそのときはもう汽車は動き出して、何も見えなくなりました。振り返って見ると、さっきの十字架はすっかり小さくなってしまい、さっきの女の子や青年たちがその前の白い渚にまだひざまずいているのか、それとも天上へ行ったのかぼんやりして見分けられませんでした。ジョバンニは深く息をしました」

 

   ☓ ☓ ☓

 

3ジョバンニ「カンパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのサソリのように、本当に皆の幸(さいわ)いのためならば僕の身体なんか百ぺん焼いてもかまわない」

1カンパネルラ「うん。僕だってそうだ」

2D「カンパネルラの目にはきれいな涙がうかんでいました」

3ジョバンニ「けれども本当の幸(さいわ)いは一体何だろう?」

1カンパネルラ「僕、わからない・・・あ、あすこ石炭袋だよ。空の穴だよ」

4A「カンパネルラが天の川の一箇所を指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一箇所に大きな真っ暗な穴があいているのです。その底がどれほど深いか、その奥に何があるのか、いくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした」

3ジョバンニ「僕はもうあんな大きな闇の中だって怖くない。きっと皆の本当のさいわいを探しに行く。どこまでもどこまでも、僕たち一緒に進んで行こう」

1カンパネルラ「ああきっと行くよ。ああ、あそこの野原はなんてきれいなんだろう。皆集ってるねえ。あそこが本当の天上なんだ。あっ、あそこにいるの僕のお母さんだよ」

2D「カンパネルラは窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。ジョバンニもそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかりで、どうしてもカンパネルラが言ったようには思われませんでした」

3ジョバンニ「カンパネルラ、僕たち一緒に行こうね!」

4A「ジョバンニがそう言いながら振り返ってみると、カンパネルラの姿はありませんでした。ジョバンニはまるで鉄砲玉のように立ちあがりました」

2D「そして誰にも聞えないように窓の外へ身体を乗り出して、力いっぱい激しく胸をうって叫び、それから泣きだしました。もうそこらが一っぺんに真っ暗になったように思いました」





十、最終章 5:30(50)



★配役

1ジョバンニ=9

2マルソ=3

3カンパネルラの父 & ナレーションC=7

4牛乳屋 & ナレーションB=10



4B「ジョバンニは眼を覚ましました。そこは元の丘の草の上でした。ジョバンニは疲れて眠っていたのでした。しかし胸は何だかおかしくほてり、ほほには冷たい涙が流れていました」

3C「ジョバンニは飛び起きて、丘を走って下りました。まだ夕ご飯を食べないで待っているお母さんのことが、胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松の林の中を通って、それから牧場をまわって、さっきの入口から暗い牛舎の前にまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしく、さっきはなかった車が、何かを二つ乗っけて置いてありました」

1ジョバンニ「今晩は」

4牛乳屋「は?はい、何かご用ですか?」

1ジョバンニ「あの今日、牛乳が僕のところへ来なかったのですが」

4牛乳屋「あ!すみませんでした!今日は昼過ぎうっかりしてこうしの柵を開けていたもんですから、大将さっそく親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまいましてね・・・」

1ジョバンニ「そうですか。ではいただいて行きます」

4牛乳屋「ええ、本当にどうもすみませんでした」

1ジョバンニ「いいえ」

3C「ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を、両方のてのひらで包むように持ち、牧場を出ました。そしてしばらく木のある町を通って、大通りへ出てまたしばらく行きました」

4B「すると十字になった町かどや店の前に、女たちが何人か集って橋の方を見ながらヒソヒソと話をしていました。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。ジョバンニの胸はなぜか、さあっと冷たくなったように思いました」

1ジョバンニ「何かあったんですか?」

3C「『子供が川へ落ちたんですよ』誰かがそう言うと、その人たちはいっせいにジョバンニの方を見ました。ジョバンニは夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人がいっぱいで川が見えませんでした。ジョバンニは橋のたもとから飛ぶように下の広い河原へおりました。その河原の水際に沿って、たくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました」

4B「河原の一番下流の方に、人がたくさん集まっていました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するといきなりさっきカンパネルラと一緒だったマルソに会いました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました」

2マルソ「ジョバンニ、カンパネルラが川へ入ったよ!」

1ジョバンニ「どうして!?いつ!?」

2マルソ「ザネリがね、舟の上からカラスウリのあかりを、水の流れる方へ押してやろうとしたんだ。そのとき舟が揺れたもんだから川へ落っこちたんだ。するとカンパネルラがすぐ飛びこんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリは助かった。けれどもカンパネルラが見えないんだ」

1ジョバンニ「皆、探してるんだろう!?」

2マルソ「ああすぐ皆来た。カンパネルラのお父さんも来た。けれどもみつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった」

4B「ジョバンニは皆のいる方へ行きました。そこに町の人たちに囲まれて、青白いとがったあごをしたカンパネルラのお父さんが、右手に持った時計をじっと見つめていました」

3C「皆もじっと川を見ていました。誰も何も言いませんでした。ジョバンニはガクガクと足が震えました。魚を捕るときのアセチレンランプがたくさん行ったり来たりして、川の水は小さな波をたてて流れているのが見えました」

4B「下流の方は、川の幅いっぱいに銀河が大きく写って、まるで水のないそのままの空のように見えました。ジョバンニは、カンパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないというような気がしてしかたがありませんでした。けれども皆はまだ、どこかの波の間から『僕ずいぶん泳いだぞ』と言いながらカンパネルラが出て来るか、あるいはカンパネルラがどこかに流れ着いて、助けが来るのを待っているかもというような気がして仕方ないらしいのでした。けれどもにわかにカンパネルラのお父さんがきっぱり言いました」

3カンパネルラの父「もう駄目です。落ちてから45分たちましたから」

4B「ジョバンニは思わずかけよってカンパネルラのお父さんの前に立って、『僕はカンパネルラがどこに行ったのか知っています。僕はカンパネルラと一緒に歩いていたのです』と言おうとしましたが、もうのどがつまって何も言えませんでした。するとカンパネルラのお父さんは、ジョバンニがあいさつに来たとでも思ったのか、しばらくジョバンニを見ていました」

3カンパネルラの父「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう・・・あなたのお父さんはもう帰っていますか?」

1ジョバンニ「・・・いいえ」

3カンパネルラの父「そうですか、どうしたのかなあ。私にはおととい大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。明日の放課後、皆さんとうちへ遊びに来てくださいね」

4B「そう言いながら、カンパネルラのお父さんはまた川下の、銀河のいっぱいうつった方へじっと眼を送りました。ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいで何にも言いえず、早くお母さんに牛乳を持って行って、そしてお父さんの帰ることを知らせようと、一目散に街の方へ走り出しました」

1ジョバンニ「さあ、もうきっと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カンパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ」




- NUN KOMENCIGAS -
ここより、はじまる